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悲しいこと辛いことが起こるかもしれないけど、それでも生きていく

【命にふさわしい】

youtu.be

 

この曲は、「NieR:Automata」というゲームとの、コラボレーション楽曲であるとのこと。あくまで、コラボレーションという形で、ゲームの中で流れる主題歌とかではない、ということだろうか。

 


まぁ、それはとにかく、楽曲の感想・紹介。

 

何か重要な意味を含んでいるような、特徴的なタイトル”命にふさわしい”という言葉。この言葉は、歌詞の中にも、随所に表れてくる。たくさんあるので、特に印象に残った、一か所だけを載せてみます。

 


あっけなく打ち砕かれた 願いの数々
その破片を裸足で渡るような 次の一歩で滑落して
そこで死んでもいいと 思える一歩こそ
ただ、ただ、それこそが 命にふさわしい

 

こんな風に歌っている。何ていうか、”命にふさわしい”という言葉に、僕が勝手に言葉を足して説明してよいならば、”この人生において命を賭けるにふさわしいもの”というところだろうか。

 


他の部分も読んで、いきなり安っぽい言い方になるけれど、色んなことが起こるけれど、だからこそ、命を賭けるにふさわしいんだ、と歌っているように感じた。

 

もちろん、信じてきたこと、願ってきたことが叶うのが一番嬉しいことなのかもしれないけれど、叶わなかったとしても、それはひたすら信じてやってきたことの、あくまでひとつの結果にすぎないだろう、と。

 

ということは、叶わなかったことも、裏切られたことも、極端に言えば、どこかで死んでも、それらは命を賭けた結果だろう、と。

 

全ての出来事は必然的に起こるものであり、そのすべての出来事が尊いものであり、だからこそ、そういうものにあなたが生きて命を賭ける価値はあるんじゃないか?というメッセージを、僕は個人的には受け取った。

 

 

 

【ヒーロー】

youtu.be

 

この曲は、ドラマ「銀と金」の主題歌だったらしい。一度も、ドラマは見たことは無いんだけど、この情報だけは知っていたって感じです。

 

この記事を書いている現在、もうすぐamazarashiのベストアルバム『メッセージボトル』が発売になるところ(2017年3月29日に発売予定)。そのアルバムに、初めてこの曲は収録されるようだが、この曲自体は一足先にyoutubeにてMVが発表されているので、聴くことができた。

 

そのMVも、ベストアルバムの発売に合わせてか、これまでのamazarashiの楽曲のMVの断片が至る所に散りばめられている。

 


曲に関しては、まぁ”ヒーロー”という言葉を掲げているので、こういう曲にはありきたりの「人は誰だってヒーロー」だということを歌っている…と思いきや、

 


誰だってヒーロー そんな訳ねぇよ
いわゆる掃き溜めの ありふれた有象無象

 

と歌っていて、これもやはり、amazarashiなりの世の中に対する皮肉なのだと捉えることができる。ただ、最後の歌詞は、”それでも言い張るよ いつだってヒーロー”と締めくくられているので、まぁ…結局のところは、そういうところに落ち着くということか。

 

 

 

【つじつま合わせに生まれた僕ら】 

youtu.be

 

■ということで、散々、amazarashiのことについて書いてきたけれど、知らない人からすれば、amazarashiって何だろうって思うかもしれない。

 

「歌詞を見ながら聴きたい曲が、いまいくつあるだろう。」

 

こんなキャッチフレーズを掲げて活動しているバンドこそ、amazarashiである。

 

amazarashi…ローマ字をそのまま読むと、「雨ざらし」と読める。wikiによると、このバンド名の由来は、「日常に降りかかる悲しみや苦しみを雨に例え、僕らは雨曝しだが“それでも”というところを歌いたい」から名付けられた、ということだそうだ。

 

amazarashiのメンバーは、ボーカル・ギターの秋田ひろむと、キーボードの豊川真奈美の2人であり、ということで、他のメンバーはサポートメンバーとして演奏していることになる。

 

今でこそ、割と名前を知られるようになったバンドだけど、活動を始めてから今日まで、一貫して自らの顔を晒さない、というスタンスを取っている。MVやLIVE映像では、かなり際どい…おぉ見えそう!あぁでも見えない的な、そういうショットはあるけれど、それでもちゃんと見えないようにうまく、光の当て方とかを工夫したり、帽子のつばの陰などで隠したりしている。そういうわけで、ちゃんと顔を表わしたことは、今まで一度もないと思う。

 


■僕がamazarashiに出会ったのは、いつだったかな、もう何年も前にもなると思うけど、出会いの記憶として覚えているのは、まさに【つじつま合わせに生まれた僕ら】という曲を聴いて、衝撃を受けたことだ。

 

【つじつま合わせに生まれた僕ら】という曲自体は、2010年に発売されたアルバム『0.6』に初めて収録された曲なので、割と古い曲なんだけれど、おそらくこの曲は、amazarashiの代名詞的な曲なのだと思う。そして、時を経て、ようやく現在(2017年)になって、MVが発表された、ということだ。

 

冒頭のポエトリーリーディングは、このMV発表に合わせて付け加えられているものであるが、このポエムの中に”メッセージボトル”という言葉が使われている通り、先ほどの【ヒーロー】のMV同様、ベストアルバムの発売に合わせて作られたものではあるのだろう。

 

そういえば、この曲の中では、自らのバンド名を、”amazarashi”ではなく、ひらがなで”あまざらし”と表記しているが、これは、かつて自分たちが”あまざらし”と名乗って活動してきたことを回想してのことだろうか。

 


■この歌は、誰もが一度は聴いておく価値はあるんじゃないか、と思う。人によっては、耳を覆いたくなるような言葉もあるかもしれないけど、大切なことを歌っていると思う。

 

個人的に何となく、まぁこの曲だけではないのだれど、amazarashiの楽曲を聴いた時(この曲は特に)、手塚治虫さんが描いたマンガ「火の鳥」を思い出すことがある。…と言っても、「火の鳥」自体、断片的にしか持っていないくせにね、しかもコンビニでよく売っているのを見かける、あの分厚いやつだけど、笑。

 

火の鳥」のテーマの一つとして(全編通して、というわけではないけど)、"輪廻転生"というものがあるけれど、そういうものをこの曲から感じる。


つまり、僕らは、世の中のつじつまを合わせるために生まれてきた存在であり、聖者も悪人も、どちらにもなることはない、あるいは、どちらにも自分はなっていないと思いこんでいるだけの多くの凡人…それらは皆、生まれて、生きて、やがて死に、土に還り、そしてまた別の生き物に生まれ変わり…を繰り返すのだと。

 

輪廻転生なんて、今の世の中では決して、科学的には証明なんてされてないことだけれど、人が埋まった土の上に花は咲き、人の血が染み込んだ大地の上に森ができる。

 

そういえば、僕は広島に住んでいるが、広島に原爆が落とされた後、放射能などの影響で、広島のこの地には、向こう70年は草木も育たないだろうと言われていた、というのは有名な話だが、それがどうだろう?今の広島という街の姿を見て、それは言葉通り奇跡なんだろうけど、そこには何か、科学的には解明できない、何か特別な力が働いているように思えて仕方がない。例えば、この地で不幸にも死んでいった人たちの魂が、大地に宿っているとか…何とか負けないように、この地を復活させるんだ、という強い意志が。花や木々には、そういう人の魂が込められているのかもしれない。

 


■先に紹介した【命にふさわしい】もそうだし、この【つじつま合わせに生まれきた僕ら】もそうだし、そもそもamazarashiというバンド名に込められた意味もそうだけど、色んな言葉は使ってはいるけれど、一貫して同じことを歌っていると思う。

 

つまり、「悲しいこと辛いことが起こるかもしれないけど、それでも生きていく(しかない)」という、言ってしまえば単純なことだが、人間の根元を、いつだって僕たちに突き付けているんだと思う。