その瞬間を現在として、それを境目に”過去”と”未来”に時間が分かれていく

記念撮影

記念撮影 / BUMP OF CHICKEN

 

 

■つい先日、こんな情報が舞い込んできた。

 

カップヌードルのCMが「魔女の宅急便」の高校生編の映像になり、そのCMの主題歌にBUMP OF CHICKENの新曲【記念撮影】が起用になる」と。

 

その情報を知ったとき、まだそのCMを見たことがなかった僕は、ネットの映像でそのCMを初めて見ることになった。

youtu.be

 


■まず、「魔女の宅急便」の高校生ヴァージョンの映像…色んな意見があるとは思うけど、僕の感想は…「何だこれ…?」だった。

 

そういう設定にした…という前提を崩すようならば、普通の日本っぽいところにキキとトンボが居ることに、まず違和感があった。

 

キキにもトンボにも違和感があって、やっぱりジブリ絵の印象は強いんだなって。ジブリの絵よりも、CMの方が描写は細かくてきれいなはずなのに、全然愛着を感じない。かわいくない…っていうより、無機質な感じ。

 

そして、唐突の最後に、「大好き!」だなんてさ。「魔女の宅急便」という映画には、原作があって、その原作によると(読んだことないけど)、ストーリーが進むと確か、キキとトンボは恋仲になって、結婚までこぎつけるらしい…らしいけどもさ、映画ではそこまで描かれなかった以上、おそらく大多数の人たちが認知している、あの何とも言えない映画でのキキとトンボの距離間で完結し、CMでもそこまでで留めておくべきだったと思うのよね。

 


■まぁ、CMの内容はともかく、主題歌がBUMP OF CHICKENの新曲だということで、短いながらもそれを聴くことができた。予め、そのタイトルが【記念撮影】だということは知っていた。

 

CMでは、あまり聴けなかったけど、最近MVが解禁になり、曲自体も配信シングルとして発売になった。つい今しがた、曲をダウンロードして、歌詞をネットを検索して、それを読みながら、これを書いているところである。

 


率直な感想…最初に聴いた時はあんまり好きになれそうにないと思ったけど、何度か聴いていくうちに、ちょっとずつこの曲のことが分かってきたような気がして、ちょっとずつ馴染んできた。

 

正確に言うと、歌詞を全体的に読んだ時、ストーリーが浮かんできて、そのストーリーを想像しながらこの曲を聴くのが、一気に楽しくなってきた。やっぱり、BUMPの曲には、歌詞が大事なんだなって、改めて実感した。

 

youtu.be

 


■この曲の構成としては、まず、前半の部分は過去の回想で成り立っており、その回想の中で2人が、タイトル通り、”記念撮影”を行う描写が出てくる。

 

そこで場面が一転、後半の部分は時間が一気に現在へと飛んでいく。写真を眺めながら、その写真の中で繰り広げられていた物語を、僕が回想している場面へと移っていく。

 


この”過去”と”現在”の描写で、対比されている歌詞を見つけながら読んでみると、きっとこの曲への理解が深まって、面白いんじゃないかな。時系列の描写の仕方がとても面白い。例えば、いくつか挙げてみると、

 


(過去)
目的や理由のざわめきからはみ出した
(現在)
目的や理由のざわめきに囲まれて

 


(過去)
遠くに聞こえた 遠吠えとブレーキ
(現在)
聴こえた気がした 遠吠えとブレーキ

 


(過去)
曖昧なメロディー 一緒になぞった
(現在)
曖昧なメロディー 一人でなぞった

 


(過去)
君は知っていた 僕も気付いていた 終わる魔法の中にいた事
(現在)
君は笑ってた 僕だってそうだった 終わる魔法の外に向けて

 

など。もっとたくさんあるけれど、見つけてみてね。

 


■”終わる魔法”なんて言葉は、とても藤原さんらしいと思ったけどね。過去の楽曲でも、例えば【ゼロ】という曲で、”終わりまであなたと居たい”と藤原さんは歌っていたけど、藤原さんは、物事一つ一つの終わりにちゃんと向き合っていて、その終わりがあるからこそ、今一緒にいる時間が尊いんだと、ずっと歌ってきた。


”終わる魔法”=青春とか、そういう言葉に置き換えることができると思う。無邪気で楽しかったけど、いつまでも続くことはなかった、一度きりだった(僕は僕の)学生時代を思い出しながら、この曲を聴いていた。

 

長く時間を共に過ごしてきて、でも、もうすぐそれが”終わる”ってことに、2人とも気づきはじめているんだよね。だから、一緒に居る時間を切り取ろうと、”記念撮影”をした…未来に居る自分が、ちゃんと思い出せるようにと。

 


”記念撮影”をすることで、その瞬間を現在として、それを境目に”過去”と”未来”に時間が分かれていく。つまり、”記念撮影”が、”過去”と”未来”を結びつける役割をしている。

 

そして、その写真には、2人がいるという景色だけではなくて、2人が歩んできた物語そのものが閉じ込められている。つくづく思うのは、写真って、物語の一部を切り取ったものなんだよね。

 


■そういう風に、対比させる感じで読んでいくと、”過去”と”現在”において、同じフレーズが一か所だけ出てくるところがある。それが、こんな歌詞。

 


迷子のままでも大丈夫 僕らはどこへでもいけると思う

 

”迷子”って言葉、ホントに藤原さん好きだよね、笑。つい先日、20周年記念の集大成である新曲【リボン】の中でも、”迷子”というフレーズが使われていたし。

 

ここの歌詞、優しいよね。”迷子にならないように…”じゃないんだよね、”迷子のままでも大丈夫”なんだよね。

 


■”記念撮影”にちなんで、もうひとつお話を。

 

今って、あんまり写真を残すってことって、しなくなったような気がする。みんなはどうですか?僕は、一応デジカメは持っているんだけど、撮影した写真は、現像せずにパソコンに保存して、時々それを眺めて楽しむだけ。若い子なんかも、スマホで写真を撮って、画面で眺めて楽しむことが多いだろう。

 

だけど、その画像を、SNSにアップしたりして、多数の人と瞬時に共有するということは、圧倒的にしやすくなった。結局は、便利になったってことかね。でも、歌を聴いて、その物語を想像して、どこか懐かしいな、うらやましいな、って思ったのは、事実としてあるよね。