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おじさんの音楽レビュー#31 『aquarium / 高橋優』

STARTING OVER(期間生産限定盤)<CD+DVD>

【aquarium / 高橋優】(アルバム『STARTING OVER』収録曲)

 


■”平成”という時代が終わろうとしている。

 

2019年(現在で言うところの来年)の、おそらく4月に新しい元号が発表されて、5月から平成から新しい元号へと移っていくと決まっているらしい。

 

僕自身は、”昭和”生まれだが、物心ついた頃には”平成”になっていたので、もう当たり前のように”平成”という時代を生きてきた人間ではある。だから、元号が変わるという経験はもちろん初めてだ。どういう気分になるんだろうね。

 


さて、さかのぼること2009年(平成21年)。

 

当時はインディーズではあったものの、『僕らの平成ロックンロール』という初めての全国流通アルバムを引き下げ、日本の邦楽界に現れたシンガーが居た。

 

フレームの太い黒縁メガネに、ボサボサな黒髪を振り乱して、ロックンロールと言いながらもアコースティックギター一本で、情熱的な歌を歌う人物…それが高橋優その人だった。

 

 


■僕が一番最初に高橋優を見たのが、【駱駝】という曲のMVだった。ずっと顔がドアップに映っていて、終始アグレッシブに歌っているもんだから、何なんだこの人は?と思って聴きはじめたのがきっかけだった。MVには、ど真ん中にデカデカと、シンガーに被るように歌詞が載せられていた。

 

別のMVも見てみる…確かその時は他に、【素晴らしき日常】と【こどものうた】が発表されていたんじゃなかったっけな…どれも同じようなMVの作りになっていて、映像のど真ん中に、歌詞が載せられていた。

 

それで僕は感じ取った。ああ、このアーティストは”言葉”を伝えたいと、本当の意味での”歌”を歌いたい人なんだな、と。

 

奇遇だったのが、よく飲みに行く仲間も、ちょうど同じ時期に、良いアーティストを見つけた、と言って紹介してくれたのが、この高橋優だった。仲間内で、すぐに盛り上がったのを覚えている。ちなみに、その仲間と行った、広島にかつてあった(今もあるんだっけ?)MUSIC CUBEという冬フェスにて、生・高橋優は一度だけ見たことがある。

 

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■…と、ここまで書いて、さぞ高橋優マニアなんだろうな、と思われるかもしれないが、申し訳ない、最初の頃は熱心に聴いていたのを覚えているが、最初の衝撃が強すぎて、徐々に物足りなくなっていったっていうのが事実としてあった。

 

まぁ、別にそんなに大それた理由なんてないと思う。高橋優が好きというのは変わっていないけれど、たくさん好きなアーティストが居て、そこに埋もれていっただけだと思う。

 


そして繋がる、つい最近のお話。

 

つい最近(2018年秋)、夜の遅い時間に、「結婚相手は抽選で」という、ちょっとヘンテコなドラマがやっていた。ドラマのタイトル通り、「抽選見合い結婚法」という、結婚相手(お見合い相手)を”抽選”で決めるという法律を政府が決めたという設定の日本国が舞台のドラマだった。

 

ドラマはドラマで、それなりに面白かったので見ていたんだけれど、そのドラマに高橋優の楽曲が主題歌として使われていた、【aquarium】という曲だった。この【aquarium】という曲を聴いた時に、僕は高橋優に出会った時に感じた衝撃を、同じように感じた。

 

【aquarium】は、高橋優の新しいアルバム『STARTING OVER』の収録曲の一つなのだが、この【aquarium】という曲の衝撃が強すぎて、居ても立っても居られず、この曲だけレコチョクでダウンロードして聴いている。

 

こういうとき、便利になったって思うよね、アルバムの1曲単位でダウンロードすることができるから、こういう利用の仕方はありだなって、最近になって思えるようになった。

 


■【aquarium】の感想としては…

 

これは僕の想像を大いに含めるが、何となく先程紹介した【素晴らしき日常】という曲と、特にリンクしているような気がしている。

 

まず、何よりも、言葉をまくしたてるように歌うような激しい感じの曲調がとても似ている。特に、サビのメロディーがよく似ていて、優さんが意識しながら作ったのかなとか想像している。

 

それから、先述したように、『僕らの平成ロックンロール』が2009年発売、その次に、【素晴らしき日常】が収録されている、メジャー1枚目のアルバム『リアルタイム・シンガーソングライター』が発売になったのが2011年のこと。そして時が経ち、【aquarium】が収録されている新しいアルバム『STARTING OVER』が2018年に発売になった。

 


それらを踏まえて、【aquarium】のサビの歌詞を紹介したい。

 


あの頃毎日思い描いていた
10年後に笑う約束は
鏡の前で今ただ立ち尽くしている
この人に何を問いかけて笑うのだろう?

 


あの頃何度も思い描いていた
10年後に笑う約束を
今も強く握りしめたまま生きている
性懲りも無く明日を信じて生きていく

 

ここに出てくる”10年後”という言葉を、逆に辿って10年前を振り返ってみると、高橋優の名前が少しずつ全国に広まっていった時期に重なる。僕自身が高橋優を知った【駱駝】や【こどものうた】、そして、メジャーデビュー曲の【素晴らしき日常】などが発表されたのがその時期である。

 


素晴らしき日常】のサビにも、”笑う”という言葉が出てくる。

 


まだ笑うことはできるかい?
まだ歩くことはできるかい?
その通じ合っているような気がする人を連れて
愛し合う人の間から生まれてきた
僕らの明日が待ってる きっと世界は素晴らしい

 


また、リスナーの言葉に触発されて作られた【福笑い】という歌があるのだが(2011年発表)、この歌詞にも”笑う”が出てくる。

 


きっとこの世界の共通言語は 英語じゃなくて笑顔だと思う
子供だとか大人に関わらず 男だとか女だとかじゃなく

 


あなたがいつも笑えていますように 心から幸せでありますように
それだけがこの世界の全てで どこかで同じように願う 人の全て

 


【aquarium】という新しい曲、そして、【素晴らしき日常】や【福笑い】という曲…ここの隔たりが、およそ10年であるというところから、僕は勝手ながら、これらをリンクさせながら聴いている。

 

もう一度、【aquarium】の歌詞を読んでみる。先程の後者の歌詞である。

 


あの頃何度も思い描いていた
10年後に笑う約束を
今も強く握りしめたまま生きている
性懲りも無く明日を信じて生きていく

 

高橋優は、時には過激なことを歌いつつも(【こどものうた】とか結構過激)、きっと自分の歌によって、リスナーに笑顔になってもらえるように、ずっと歌ってきたはずだ。そういう10年という時間を、【aquarium】という歌で歌っているのだと想像している。

 

”性懲りも無く”という言葉もグッとくるね。自分の10年間を振り返った時に、きっと良い思い出ばかりの人は居ないだろう。というより、むしろ全然ダメで、自分の生活が何も変わっていないと思ってしまう人も居るかもしれない(この文章を打っているディスプレイの目の前に約1名…)。

 

それでも、そういう人たちにも寄り添えるように、”性懲りも無く明日を信じて生きていく”んだって、高橋優は力強く歌ってくれている。

 


■他にも、印象に残った歌詞を、少し紹介してみる。

 


はじめからそうなりたかったかと
聞かれたらなんて答えるの?
大海原を優雅に泳ぐ
フリをする水槽の魚のように

 

”水槽”という言葉で、タイトルを回収している部分である。”はじめからそうなりたかったかと 聞かれたらなんて答えるの?”という言葉は、とても胸にくるものがある。何か、面接とかで志望動機を答えさせられるみたいだね。

 



旅立ちの日の夜明けに
振り返る景色のその中に
後悔したことの一つ二つが
日々の彩りになるとは思わないか?

 

ここも頼もしい言葉だよね。”後悔先に立たず”という、すでに終わったことをいくら後で悔やんでも取り返しがつかない、という意味のことわざがあるけれど、確かにその通りではあるのだけれど、高橋優は、後悔したことも含めて、自分が歩いてきた人生だったと、力強く歌ってくれている。

 


などなど。紹介すると全部書いちゃいそうなので、この辺にしておく。何とこの歌は、フルで公式にアップされているので、良かったら聴いてみては。

 

youtu.be

 


■誰が何と言おうと、僕は”歌”=”言葉”だと思っている。

 

歌詞かメロディーかという議論をしたいわけでは決してないし、2つ合わせて歌だということは重々承知している、と断った上で言わせてもらうならば、どんなにテクニックを磨いた演奏技術よりも、圧倒的な言葉(歌詞)の方に、僕はいつも心をつかまれる。

 

僕が聴きたいのは、少なくともシンガーソングライターの歌である。つまり、歌い手が自ら紡いだ言葉でなければ、胸に響いてこないと思っている。高校時代に、THE BLUE HEARTSの音楽に出会ってから、そう気づいた。

 

”言葉”は、人を喜ばせたり楽しませたりすることができる一方、傷つけたり、時には殺してしまうことだってできる強いもの。”言霊”という言葉があったりするけれど、まさにそう、人の魂や心がこもっているものなんだと思う。だから、”言葉”がちゃんと紡がれていない歌は、”心”のない歌に他ならない。

 

だから、高橋優の歌を聴いて、これは本物の歌だ、と思った。