さよならなんかは言わせない / B'z

RUN

さよならなんかは言わせない / B'z

6th Album『RUN』収録曲

 

さよならなんかは言わせない

さよならなんかは言わせない

  • B'z
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

■僕は、こことは別に「スピッツ大学」なんてブログを書いているのですが、それほど自分にとって、スピッツは思い入れの強いバンドです。スピッツは、僕が小学生の頃、初めて”自分の意志で選んで”好きになり、それからもう25年くらいずっと一番好きで居続けているバンドなんです。

 

ただ、小中学生時代にさかのぼって思い出してみると、それと同じくらい…時によればそれ以上に、好きだったアーティストが居ました。それが、B'zです。

 

スピッツは、出会ってからずっと今まで好きで居続けているバンド、一方でB'zは、出会ってから少しずつ離れていってしまったバンドという違いこそありますが、両バンドとも大好きなバンドでした。

 


■さて、最近のことになりますが、このコロナ禍の影響があっても、少しでも自分たちの音楽を届けようと、たくさんのミュージシャンがYouTubeなどで、自分たちのLIVE映像を次々に配信しています。

 

前回記事に書いたBUMP OF CHICKENもそうですし、最近はスピッツもいよいよLIVE映像を配信してださいました。そして、そこにB'zも加わりました。

 

B'zは、期間限定ではありますが、本当にものすごい量のLIVE動画を上げて下さり、全部見ようと思っても時間がかかり過ぎて見切れないくらいの量です。僕も、そういえば久しぶりにB'zの歌を聴くなぁと、部分的に聴いているんですけど、時代を経ていっても、稲葉さんも松本さんもかっこいいままで驚くんですけど、やっぱり何よりすごいのが稲葉さんのボーカル力ですね。

 

ハードなロックの曲から、しんみりと聴かせるバラードまで、時にステージを縦横無尽に走り回りながら、ものすごい歌を歌う姿には、やっぱり日本一の…いや、世界でもトップランクのボーカリストであることは間違いないと思わせてくれます。【Brotherhood】というB'zで一二を争うくらいに人気の曲があるんですけど、そのボーカルとか本当にすごいと思います。

 

まぁ、そんな感じで色々とB'zのライヴ映像を懐かしく見ていたのですが、自分の中で一番好きな【さよならなんかは言わせない】という曲の映像を発見し、もう繰り返し見ています。その映像は、「【B’z】B'z LIVE-GYM 2001 -ELEVEN-」の20:50くらいから始まります。

 

ということで、今回は、主に子どもの頃のB'zの思い出話でも、語ってみます。

 

www.youtube.com

(【さよならなんかは言わせない】は、この動画の20:50くらいです。5月いっぱいの期間限定らしいので、もうすぐ消えてしまうのが残念…)

 


■まず、唐突なんですが、僕には歳の離れた兄が居ます。

 

結構離れているので、兄弟喧嘩をするとか、お互いを意識するとか、そういう感じは全くなくて、何ていうか、常に自分の人生の前を行く、憧れの存在に近かったと思います。そういうわけで、子どもの頃は、兄が読む漫画や見るテレビ番組、そして、兄が聴く音楽は、自分にとって憧れであり、広い世界の入り口でした。

 

兄の音楽の趣向で覚えているのは、いわゆる”ビーイング系”のアーティストの音楽をよく聴いていたということです。”ビーイング系”のアーティストと言えば、当時で覚えているのは、T-BOLANWANDSZARDDEENMANISHなどが挙げられますかね。

 

そして、その中でも特に覚えているのがB'zです。多分、兄が一番好きだったアーティストがB'zだったと思います。家の中や、父親が運転する車の中などで、よくB'zの歌が流れていて、僕も受動的にですが聴いていました。

 

当時僕は小学生だったので、B'zの音楽はとても大人っぽく感じましたね。それでも子ども心にも早々に、稲葉さんのものすごいボーカルと、ロックミュージックは響くものがあり、僕も好んで聴いていました。それが、小学生の中学年~高学年くらいのことです。

 


■中学生になり、僕には特に親しくしていた友人Nが居ました。

 

友人Nは、B'zのファンクラブに入るほど、僕以上にB'zファンでした。友人Nと会うと、よくB'zの話をしたものです。お互いの好きな曲の話をしたり、CDやカセットを貸し借りしたりもしました。B'zの話ができる友達がいるのは、とても嬉しかったんです。

 

そんな友人Nのおかげで、中学生~高校生の時代に渡って、通算3回もB'zのライヴを観に行くことができました。ファンクラブに入っていたから、僕は何もしなくても、友人Nがチケットを手配してくれたのです。ライヴに行くこと自体初めてのことで、中学生の僕らにとっては、ある種の冒険でした。

 

記憶がほとんど失われているので、めっちゃ調べてながら書いているんですけど、おそらく僕らが行ったのは、「B'z LIVE-GYM Pleasure 2000 ”juice”」、「B'z LIVE-GYM 2001 ”ELEVEN”」、「B'z LIVE-GYM 2002 ”GREEN”」の3つのライヴだったと思い出しています。

 

どのライヴも、とにかく素晴らしかったことくらいしか覚えてないのですが、一番記憶として残っているのは、動画で紹介しています、「B'z LIVE-GYM 2001 ”ELEVEN”」です。

 


■まず、このライヴを観に行った時期も、かなり特別だったんです。我が広島でこの”ライヴ ELEVEN”があったのが、2001年4月5日・4月6日で、時期としては、高校の春休みの終わり頃のことでした。(どちらの日に観に行ったかは思い出せません…)

 

この日は朝から、高校のクラスの友達30人近くで、平和公園周辺へと花見に出かけていたのです。クラス替えを間近に控え、旧クラスで集まる最後の機会だったので、最後の思い出作りでした。自分にとって、すごい好きなクラスだったので、楽しかったんですけど、ふと寂しく思ったを微かに覚えています。

 

それで、その花見が終わった後、夕方から友人Nと会ってB'zのライヴを観に行ったんです。今思えば、かなりアグレッシブな日ですね笑 ちなみに、友人Nとは中学校は同じでしたが、高校は違うところに通っていたので、会うこと自体も結構久しぶりだったことを覚えています。

 

何度も言うように、ライヴの記憶はほとんどないのですが、そのライヴで一つだけ強烈に覚えていることがあるんです。それは、そのライヴで、【さよならなんかは言わせない】という曲をやってくれたことです。

 


■【さよならなんかは言わせない】は、6枚目のアルバム『RUN』に収録されている曲です。子どもの頃、兄が買ったアルバムを何度も聴きました。

 

僕自身、今でもB'zで一番好きな曲はと問われれば、【さよならなんかは言わせない】と答えるほど好きな曲なんですが、だからこそ、ライヴでやってくれたことはとても嬉しかったんです。

 

それも、アルバム『RUN』が発売になったのは、ライヴを観に行った当時で考えても、実におよそ10年前の1992年のことですよ。LIVE-GYMは、アルバムリリースツアーなので、10年も前の曲である【さよならなんかは言わせない】をやったことは、まさにサプライズ選曲であったと思います。

 

イントロが鳴った瞬間、【さよならなんかは言わせない】だとすぐに分かりました。そして、友人Nと目を見合わせて喜んで、盛り上がったことをよく覚えています。まさか!という感じでした。

 


■長くなりましたが、その【さよならなんかは言わせない】自体の話を少しだけ…。

 

【さよならなんかは言わせない】は、ミディアムテンポでしっかりと聴かせる名曲なのですが、何といっても、この曲のイントロのギターのアルペジオが素晴らしいんです。僕自身も練習したりして、ここを上手に弾くことが憧れでした。

 

歌詞については、まぁこの曲が作られた時代のこともあるかもしれないですが…くさい感じの歌詞ですね。まぁ、この時代のB'zの歌詞は、そういう部分も魅力のひとつだと思っています。子ども心にも、そう感じていました。

 


で、その歌詞なんですけど、個人的にはちょっと、あれ?と思う部分があったりして、一筋縄ではいかない歌詞だな、とずっと子どもの頃から思ってきたのです。

 

タイトルから分かるように、この曲は別れの場面を歌っている曲で、歌詞の中では”僕”と”君”という2人の別れを描いています。そして、この歌詞の最後は、

 


さよならなんかは言わせない 淋しそうに太陽が沈んでも
小さな星で愛しあった 君は今もきっと笑っている

 

という風に、”愛しあった”という表現が出てくるので、この2人は恋人関係にあって、それを解消してお互いの道を進もうとしている、前向きな別れなのだということが、自然に想像はできます。

 


そういう感じで読んでいくんですが、普通こういう歌で、しかも【さよならなんかは言わせない】というタイトルだったら、僕個人的に思い浮かべる”ありきたりな”ストーリーとしては、例えば…

 

まず、”僕”と”君”が一緒に住んでいた街(故郷)があって、そこで僕と君は恋人関係にありましたが、時間が経っていくうちに、どちらかに夢ができて、2人が過ごした街をどちらかが出ていくことになったと…だから、恋人関係の解消と言っても、僕は君のことを想ったまま別れる…だから、”さよならなんかは言わないで”なのだと。

 

…という感じのストーリーをてっきり描いているのかと思ってたんです。しかし、何度も読んでいく内に、微妙に違うストーリーを今は思い描いています。例えば、この部分、

 


潮風は強く僕の頬をなでている
君を故郷に送る船が もう着くころ

 

そんなに遠くに行くわけじゃないのに 馬鹿だよね
分かれることがただ悲しいことにしか思えないから 見送れない

 

ね、ちょっとあれって思いませんか?個人的には、2つの”あれ?ポイント”があります。

 


①”君を故郷に送る船”という描写

 

歌詞を読んでいくと、僕は残る側なんですね。ということは、君が離れていく側だと考えられます。でも、君は”故郷”に帰っていくという表現になっているんです。こういう時に普通だったら、君が夢を追いかけるために”故郷”を離れていく、そしてそれを”故郷”に残る僕が見送る、というのが自然ですよね。

 

でも、そうはなっていない…君は”故郷”に帰っていくんですね。

 

例えば、僕と君の2人は、もうすでに故郷を離れて、都会で暮らしていたと。お互いに夢を持って頑張って生きていた。しかし、何らかの形で、君の方だけが諦めて故郷に帰ることになった…とか。

 

例えば、故郷を離れて暮らしている僕の元に、故郷から君がやって来た。そして、故郷に帰ってきて欲しいと、僕を説得したが、僕の決意は揺るがず、独りで君は故郷に帰って行った…とか。

 

こういう感じになるのかなと、面白いですよね。

 


②”見送れない”という部分

 

ここの部分も色々と考えられるのですが、これだけ別れの場面を歌っているのですから、僕は君の別れの場面に立ち会って、言葉の一つや二つかけたりしているのかな、とか思ったりしたんです。

 

が、”見送れない”とあるので、ひょっとしたら、僕は君の別れの場面には立ち会ってないのかもしれませんね。だから、”君を故郷に送る船”の場面には、僕は居なくて君は独りなのだと。

 

何か、そういうことを思うと、この歌の感じが全然違って聴こえてくるんですよね。

 


■あと、もう一つ、この歌詞について…

 


髪を切らないで この街にもう少し残ってみるよ

 

ここに関しては、いつも思い出す稲葉さんのエピソードがあって、wikiにそのエピソードが紹介されていたので、引用させていただきます。

 


教育実習になると、当時髪を伸ばしていた稲葉は実習先の中学校長から呼び出されて髪を切ってほしいことを示されると、1ミリも切りませんと言って教育実習をやめてしまった。

 

もうこの頃から、音楽で生きていくことを固く思っていたんでしょうね。でも確か、稲葉さんは教員免許をお持ちでしたよね、よく免許取れましたね笑。

 


■ということで、すっかり長くなっちゃいましたが、非常に自分も懐かしく思い出しながら書いていました。

 

やっぱりB'zはすごいアーティストですよ。もう一回ちゃんと聴いてみようかな…どのアルバムから聴いていないだろうか?随分、長い時間が開いているようだ。

 

つくづく、長くずっと同じものを好きで居続けることって、すごく根気の要ることだと思うし、もしも何年も何十年も、ずっと好きで居続けられているものがあったとしたら、それはその人にとっては、とても特別なものなのだと思います。一番、信用していいものなのだと思います。